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二宮の句会場になった老人憩いの家
インコ跳ね水浴びにけり愛鳥日



 五月の湘南俳句会の例会は、二宮の「老人憩いの家」で行われた。
 大磯のNTT会議室が使えなくなってから、ふれあい会館や福祉会館などを使用してみたのだが、予約の手続きが面倒だったり、急な坂道を登った山の中腹にあっったりで、帯に短し襷に長し、句会場としては不便だった。
 で、いろいろ試しに使用した挙句の果てに決まったのが、ここ二宮の「老人憩いの家」なのだ。
 二宮駅から徒歩5分位で、コピー機を設置してあるラディアンもすぐ近くにあり、おまけに隣りはラブホテルという絶好のロケーション(?)で、背後は神社のこんもりした森だから、さぞ面白い句会が楽しめると思う。ちなみに大磯の会場は児童会館になるそうだ。
 で、今月の句会の最高点句は、次の句だった。

  新緑に噛みしめてゐる塩むすび    由美

 特選2人で、なんと11点も取り、ダントツの1位だった。
 私も特選にしようと思ったのだが、「塩むすび」がちょっとひっかかって、並選にした。
 というのも、私なんかの「塩むすび」のイメージは、昭和30年代前半のまだまだ物質的に貧しかった時代に、母親がおやつがわりに握ってくれたもので、コンビニで売っている最近のおにぎりのイメージとは異なるからだ。
 いまどきの人が食べるのは、具の入った海苔巻きおむすびだから、塩むすびというのは、現実の風景としてはちょっと無理、「握り飯」としたほうがいいと思った。
 しかし、考えてみると塩むすびを好んで食べる人がいたって可笑しくないし、「噛みしめてゐる」という措辞も「塩むすび」だから味があるともいえる。母親のつくってくれた昔の塩むすびを回想しているという取り方もできるだろう。いずれにしても「塩むすび」でいい、といまは思っている。
 句会のあった五月十三日は、ちょうど愛鳥週間の最中だったので、私としては久し振りに小鳥の句をつくってみた。このインコは、昔飼っていた小鳥で、ちょうど3年前のいま頃死んでしまった。
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未分類 | 18:55:09| Trackback(0)| Comments(3)
アートスクールに変わったピザハウス
駅舎へと急く坂道や春の雷



 大磯の駅から国道へ下りる坂道の途中に「ブルーマリン」というお洒落なピザハウスがあった。
 友人とお茶を飲んだり、句会の懇親会で使ったりして、いろいろ思い出のある店だったのだが、昨年閉店してしまった。
 早く再開してくれればいいな、と思っていたら、今年の春になって工事業者が出入りし、内外装を直し始めた。
 大磯には店があまりないから、気軽に入れる喫茶店ができるといいなと楽しみにしていたら、なんと開店したのは、「芸術舎」とかいうアートスクールだったのだ。


 駅前の三角屋敷もフランス料理の「ドウゼアン」から「ベント・マリーノ」というイタリア料理の店に変わったし、中華料理の滄浪閣も売却されてしまった。
 思い出のある古いお店が次々と消えていくのは淋しい。
 なかでもショックだったのは、漁港の近くにあったラーメン屋「幸華」がつぶれたときだった。久し振りに食べに行ったら、跡形もなくなって更地になっていたのだ。
 この店は『通販生活』のカタログハウスが昔出版していた『面白生活』という雑誌の「ラーメンの店全国100選」という特集に紹介されたほど、釣り客の間で評判の美味しい店だった。
 私の母と同じ位の年齢のお婆さんが店番していて、いつも愛想よく注文を聞いてくれた。
 あのお婆さんは、どうしているのだろう。ちょうど通りかかった近所の主婦に聞いてみると、中井町のほうで元気に暮らしているということだった。
 そういえば、『面白生活』という雑誌も「世界の猫図鑑」とか「痛快!不良老人のすすめ」とか、ユニークな特集で面白かったのだが、売れ行き不振のため、3年位で廃刊してしまった。もう少し辛抱して出し続けていれば、売れるようになったと思うが、社長さんが短気な人だから、やむを得なかったのだろう。
お店も人も雑誌も、私の好きなものはどんどん消えていく運命にあるようだ。
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未分類 | 11:41:07| Trackback(0)| Comments(2)
弘明寺観音と大岡川の桜並木
彼岸まで枝垂るるさくら流れかな



 京浜急行の弘明寺駅で降りて、友人と大岡川の桜並木を見物してきた。
 弘明寺駅は、観音様のすぐ裏側にあり、駅前の坂道を降りると、すぐ山門に出る、門前町の門後に位置する独特の雰囲気のある駅だ。
 駅も商店街もまるで観音様の境内みたいに雑然としていて一体感があり、坂東14番札所として栄えた往時を偲ばせる。
 札所というと、大抵交通不便な郊外にあるのに、こういうお寺がど真ん中にある町も珍しい。どうか駅前再開発などという馬鹿なことを考えないで、いまのままの風情を保つてもらいたいと思う。再開発をして良くなったという町は見たたことがない。
 活気のある商店街を通り、アーケードの途中にある酒屋でお花見用の桜ビールとかいう高価なビールを買った(なんと小瓶で600円もしたのだ。もちろん私が買ったわけではない…)。
 大岡川の桜はちょうど満開で、川面を覆うように咲き誇っていた。
 満開の桜に負けないくらいお花見客もいっぱいで、川沿いの遊歩道は大変な混雑。たこ焼き屋や焼鳥屋などの屋台もズラリと並び、まるで縁日みたいな雰囲気だった。
 人込みや酔っ払いは嫌だ、という人もいるが、お花見は賑やかであればあるほどいいと私は思う。満開の桜並木をひとりで歩いていたら、それこそもの狂おしくなって、たましいが彼岸の世界に遊離してしまうだろう。
 高価な桜ビールを飲み、幽明境を異にしながら、延々と続く川沿いの桜並木を南太田の駅まで歩いた。
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未分類 | 11:18:25| Trackback(0)| Comments(5)
鎌倉の実朝忌俳句大会
愛誦句ひとつありけり実朝忌



 鎌倉同人会主催の実朝忌俳句大会が、昨日、鶴岡八幡宮の直会殿で行われた。
 今年で、59回目になるという。ということは、敗戦直後から始まったということだから、この種の俳句大会としては、草分け的存在といえるだろう。
 第1回大会は、どんな状態で、どんな句が受賞したのだろう……と思うと興味深いが、句の内容自体は昔も今も大して変わらないような気がする。
 兼題が「実朝忌」と「鎌倉嘱目」の二句で、毎年変わらないのだから、毎回似たような俳句ばかりが投句されるのはやむを得ないだろう。
 それでも受賞する句は、それなりに工夫している句が多いから、感心してしまう。
 よくもまあ、毎年飽きもせずに同じ兼題で、同じような句がつくれるものだ。まさに「偉大なマンネリ俳句大会」といえるわけで、かくいう私もそのマンネリ加減を楽しんでいる一人である。
 今年の選者は、秋山幹生、大串章、河野薫、清水基吉、星野椿の各先生方で、掲載した私の句は、なんと大串先生と河野先生のお二人に取っていただいた。
 130人以上の人が参加していて、1点も入らない人のほうが多いのだから、2点もいただいたのは上出来である。
 歌人の尾崎左永子先生の実朝の歌についての講演も面白かつたし、この大会でしか会えない懐かしい人にも会えた。
少人数の句会と異なり、大きな俳句大会には独特の雰囲気があって、それなりに面白い。
 年に一度くらいは、こういう大会のお祭り気分を味わうのもよいものだと思った。
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未分類 | 17:32:05| Trackback(0)| Comments(3)
二宮・吾妻山公園の菜の花畑
夕映えの海を真下に花菜畑



 二宮・吾妻山公園の菜の花が真っ盛りだというので、見物して来た。
 長い石段を登り、頂上に辿り着くと、ウワサ通りの見事な菜の花畑が広がっていた。
 ここの菜の花景色の特長は、すぐ真下に海が見えることだ。青い海と菜の花の黄色とのコントラストが素晴らしい。
 とくに夕暮れ時は、海に照り映える夕陽が美しく、なんともいえない荘厳な気分になる。
 ふと二宮に隠棲していた俳人・原石鼎の〈頂上やことに野菊の吹かれをり〉という名句が頭に浮かんだ。
 もし石鼎が存命中にこの風景を見ていたら、後世に残る菜の花の名句を歳時記に付け加えていたことだろう。
 明治以降の俳人の中でただ一人、「芭蕉に迫る才能がある」といわれた不世出の大俳人、原石鼎。二宮は、その石鼎が虚子の姦計に陥り、中央俳壇を追われた後、「再起不能」といわれた病の身を養いながら「鹿火屋」を主宰し、三橋鷹女や原裕などの俊才を世に送り出した町なのだ。

  淋しさにまた銅鑼打つや鹿火屋守  原石鼎
  蔓踏んで一山の露動きけり
  秋風や模様のちがふ皿二つ
  とんぼうの薄羽ならしし虚空かな
  夕鐘にさめてはねむる枯木かな

 吾妻山の頂上に立ち、暮れなずむ菜の花畑を眺めながら、これらの石鼎の名吟は、俳句愛好者の宝物として、いつまでも愛誦されることだろうと思った。
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未分類 | 11:11:41| Trackback(0)| Comments(0)
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