投稿日:2005-08-09 Tue
逝く夏や脱ぎ捨てられしスニーカー
鶴さんが亡くなった、という知らせが届いた。
鶴さんとは、彼が福岡に帰郷して以来、20年位会っていない。東京にいた頃は、よく一緒に酒を飲んだり、海へ遊びに行ったりした仲だった。
私が当時通っていた新宿のゴールデン街にある「こどじ」という呑み屋の常連で、舞台美術の仕事をしていた。
九州男児らしい明るいおおらかな性格の人で、落ち込んでいるときなどよく慰めてもらったものだ。バイタリティーのある生活者だったから、まさか私よりも先に逝くとは、思わなかった。
亡くなったのは、昨年の夏だそうだ。
肺ガンで、死ぬ一月前まで仕事をしていたという。
あんまり急だったので、東京の友人たちは誰も知らなかったらしい。
遺品を整理していた妹さんが、手帳に記されていた「こどじ」の電話番号を見つけ、店に電話をくれたそうだ。
知らせをくれた友人は、鶴さんの親友だったが、ここ2〜3年は連絡が途絶えていたという。もっと早く異変に気づいていれば、とも思うが、東京と九州ではどうにもならなかっただろう。
鶴さんとつきあっていた頃は、私にとってもいままでの人生で一番充実していた楽しい時期だった。季節に例えればちょうど今ごろ、暦の上では立秋を過ぎたけれど、まだまだ暑さが続く20代後半〜30代の前半だった。
とくに4人で行った三宅島や伊豆の海の思い出は、深くこころに残っている。
いまはただご冥福を祈るばかりだ。
テクノラティプロフィール




