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大磯カトリック教会の神父館
小春日や両手ひろげしマリア像



 大磯カトリック教会の玄関横に立っているマリア像を詠んだ句。
 この協会には、大正13年の建築で、建築学的にも貴重な資料といわれる平屋の神父館が併設されている。
 イギリス人の設計で、もとは別荘として建てられたものだという。外壁の下見板や鎧戸など当時のものがそのまま残っていて、シンプルな中にもクラシックな趣が漂っている。
 ちなみに「神父」とは、カトリック教会の司祭に任命された者の敬称で、プロテスタント教会の場合は、協会を主宰する教師という意味で「牧師」と呼ばれる。その住まいも牧師館というそうだ。


 今月の湘南俳句会の最高点句は、牧師館を詠んだ次の句。
  無花果のもがれぬままや牧師館 13点 清
 作者の子どものころの貧しい時代には、大抵の家の庭先に植えられていて、実をつけるとおやつがわりに争って食べた無花果。暮らしが豊かになった現代では、せっかくたわわに実っても、もぎ取ってくれる子どもたちもなく、放置されている。
 たまたま訪れた教会の牧師館で、そんな無花果の姿を見て、少年時代の思い出が甦ったのだろう。牧師館がよく効いている。
「もがれぬままや」という表出に万感の思いが込められている、味わいの深い句で、私も特選にいただいた。
 作者自身の人生も無花果のように実り多いものだと思うが、誰ももぎ取ってくれる人はいない、という淋しさもあるのだろうか。

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未分類 | 11:34:49| Trackback(0)| Comments(2)
富士見平の愛の地蔵尊
赤い羽根胸に紫煙をくゆらせぬ



 大磯丘陵を越えて二宮に至る山道の途中に、富士山と相模湾がよく見える富士見平という景勝地がある。
 その道端に「愛の地蔵尊」と呼ばれるお地蔵さまが祀られている。
 お伊勢参りに旅立ったまま、帰って来ない夫を待ち続けてこの辺りで狂死したと伝えられる若妻。江戸時代のそんな悲恋物語を哀れんで建立されたものだという。
 高さ2メートル位の立派なお地蔵さまで、由来を考えるとちょっと大きすぎるような気がする。
 もっと小さくつつましやかなほうが哀れを誘われると思うが、小屋の中に安置されているお姿は、スマートで堂々としていて、「愛の地蔵」というよりは「富の地蔵」と呼んだほうが相応しい。
 この地蔵を寄付した人は、狂死した若妻の縁者ではないというから、よっぽどのお金持ちなのだろうか。
 赤い頭巾をかぶせられたお地蔵さまに手を合わせながら、ちょっぴり不可解な思いがした。

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未分類 | 18:17:07| Trackback(0)| Comments(1)
地福寺の白い曼珠沙華
忘れ物してをり白き曼珠沙華



 大磯の地福寺といえば、島崎藤村の墓があることで有名だが、もうひとつ知る人ぞ知るお寺の名物に秋の白い曼珠沙華がある。
 白い曼珠沙華というのは珍しく、俳句にもほとんど詠まれていない。
 私も朝日新聞に連載されていた俳人の黛まどかさんのエッセーを読み、初めて地福寺の境内に咲いていることを知った。
 まどかさんは、その『季語のにおう町』というエッセ−の中で、秋になると訪ねたくなる町として大磯をあげ、地福寺の白い曼珠沙華を紹介している。
 彼岸花といえば真紅というイメージが強いから、最初に白い曼珠沙華を見たときは、異様なものを見たようなショックを受けた。見慣れてみるとこれはこれで美しいが、やはり彼岸花は赤に限る。白い彼岸花はいわば「異端の美」といえるだろう。
 地福寺の近くに住んでいた島崎藤村は、この寺の梅の花を好んだことから、老木の下に墓がつくられたという。白い曼珠沙華も藤村の時代から咲いていたのだろうか。
 藤村の文学と近親相姦などの数奇な私生活とを考え合わせると、彼には、梅の花よりもむしろこの白い曼珠沙華のほうが似合っているような気がする。
 




未分類 | 17:48:09| Trackback(0)| Comments(2)