投稿日:2005-09-28 Wed
鉈彫りの円空仏や蕎麦の花
9月の湘南俳句会の兼題は「蕎麦の花」だった。
蕎麦の花といえば、友人の新海あぐりの次の句が心に残っている。
職名を明かさぬ友や蕎麦の花 新海あぐり
久し振りに出会った同級生と近況を語り合ったが、現在の職業については教えてもらえなかった……不遇な友人の身の上と蕎麦の花の淋しい風情とがよく響き合っている。
新海あぐりは、鍵和田釉子主宰「未来図」の同人。角川書店発行の『俳句』10月号にも作品を発表している。
蕎麦の花の風景を求めて、二宮町から中井町に通じる旧道を車で走っていたら、廃墟になった木造校舎を発見した。
小学校の分校だったのかもしれない。
校舎はすっかり荒れ果てて朽ち欠けていたが、校庭の鉄棒だけは、つい今しがたまで子どもたちが遊んでいたかのように、しっかりと砂場に立っていた。
破れた校舎の羽目板を見ているうちに、ふと、前に取材したことのある円空仏のイメージが浮かんできた。
円空は、江戸時代の修行僧で日本全国を行脚し、鉈で彫った荒削りな仏像を各地に約4500体も遺している。その多くは、廃屋の板塀などを材料にしたものだという。
もし、円空がこの校舎をみつけたら、破れた一枚の羽目板から、どんな仏像を彫るだろうか。
掲句は、9月の湘南俳句会に出句したもの。久し振りに出席したせいか。珍しく8点という高得点をいただいた。
最高点は9点で次の句である。
新婦方みな細おもて蕎麦咲きぬ 瑛瑠泰
「みな細おもて」という表現が素晴らしい。蕎麦の花の楚々とした風情とも響き合うし、田舎のつつましい婚礼風景が浮かび上がってくる。「狐の嫁入り」という言葉も思い浮かんだ。
ただし、「蕎麦咲きぬ」は、ちょっとリズム感がよくないので、ここは「蕎麦の花」としたほうがよい。
そのほうが、一面に咲いている蕎麦畑の広い風景が見えてくる。
「蕎麦咲きぬ」では、一輪の蕎麦の花に焦点が絞られてしまい、そのぶん、景が狭くなると思う。
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