投稿日:2005-08-31 Wed
興亡を偲ぶ天守や晩夏光
小田原駅の駅ビルが完成し、最上階に横浜の有隣堂書店が入った。
西湘地域で一番大きいと宣伝するだけあって、フロアーもゆったりしていて、目当ての本が探しやすい。箱根などで遊んだ帰りにちょこっと寄るのに便利だ。
最近刊行された河野甲の作品集『しずかな八月』を探したが、残念ながら見当たらなかった。
いま売り出しのレザークラフト作家・河野甲は友人の弟で、カブト虫などの昆虫や人体をモチーフにした幻想的な作品が素晴らしい。
彼の個展に初めて行ったときは、その奇抜な発想による不思議な造形美に魅了され、妖しい迷宮の世界に迷い込んだような気分になったものだ。
他に類例のないユニークな作風だから、数年後には大ブレイクして、世界的に有名な造形作家になることだろう。
駅ビルの屋上に上ると小さな庭園があり、意外な近さに小田原城が見えた。
あの天守閣よりも高い超高層ビルを駅前に建てるという計画があったが、反対運動でつぶれたという。よかった、と思う。
小田原の町のランドマークは小田原城。お城より高い建物は必要ない。
投稿日:2005-08-25 Thu
友の訃を読む緑陰のメールかな
鶴さんの思い出を書いた後、気を取り直して別の原稿を書こうとしたら、パソコンが突然フリーズしてしまった。
そんなことはよくあることだから、慌てず騒がず、電源を切って再起動させようとしたら、全然起動しない。それどころか、「ハードディスクの書き込みエラー」という表示が出てきた。
ちょっぴり慌てて、また電源を切ったりつないだり、あちこちキーを叩いたりしているうちにデスプレイの画面が真っ白になってしまった。
仕方がないので、平塚のパソコン修理屋さんに持って行って調べてもらったら、ハードディスクが完全に破損していて交換修理が必要とのこと。なんと25000円も修理代をとられてしまった。
修理屋さんの話では、ハードディスクの寿命は5〜6年ぐらいだとのこと。このパソコンは購入してから5年目だから、まあ勘定は合っている。
始めのころは、終了の仕方も分からず、電源を切って無理やり終わらせたり、かなり乱暴に扱ってきたから、とうとう我慢できなくなったのだろう。その割には、よくもつたと考えることにしょう。
いずれにしても、「最初のエラー表示が出たときにいじくり回さなければ、交換するほど壊れなかったのに…」ということでした。みなさんも気をつけてくださいね。

投稿日:2005-08-09 Tue
逝く夏や脱ぎ捨てられしスニーカー
鶴さんが亡くなった、という知らせが届いた。
鶴さんとは、彼が福岡に帰郷して以来、20年位会っていない。東京にいた頃は、よく一緒に酒を飲んだり、海へ遊びに行ったりした仲だった。
私が当時通っていた新宿のゴールデン街にある「こどじ」という呑み屋の常連で、舞台美術の仕事をしていた。
九州男児らしい明るいおおらかな性格の人で、落ち込んでいるときなどよく慰めてもらったものだ。バイタリティーのある生活者だったから、まさか私よりも先に逝くとは、思わなかった。
亡くなったのは、昨年の夏だそうだ。
肺ガンで、死ぬ一月前まで仕事をしていたという。
あんまり急だったので、東京の友人たちは誰も知らなかったらしい。
遺品を整理していた妹さんが、手帳に記されていた「こどじ」の電話番号を見つけ、店に電話をくれたそうだ。
知らせをくれた友人は、鶴さんの親友だったが、ここ2〜3年は連絡が途絶えていたという。もっと早く異変に気づいていれば、とも思うが、東京と九州ではどうにもならなかっただろう。
鶴さんとつきあっていた頃は、私にとってもいままでの人生で一番充実していた楽しい時期だった。季節に例えればちょうど今ごろ、暦の上では立秋を過ぎたけれど、まだまだ暑さが続く20代後半〜30代の前半だった。
とくに4人で行った三宅島や伊豆の海の思い出は、深くこころに残っている。
いまはただご冥福を祈るばかりだ。
テクノラティプロフィール
投稿日:2005-08-08 Mon
炎帝や列柱太き記念館
先日、東横線の大倉山にある大倉山記念館を訪ねた折に詠んだ句。
大倉山記念館は、実業家の大倉邦彦が、精神文化の研究のために昭和7年に建設したもので、設計者は大正時代の古典主義建築の第一人者、長野宇平治。プレ・ヘレニック洋式と呼ばれるギリシャ神殿風の外観だが、内部には東洋を象徴する木組みを用いた部屋もある。
銀行建築などによくみられる様式だが、この記念館の素晴らしさは広大な大倉山の緑の中に建てられていること。街中と異なり、周囲の森林が一層荘厳な趣を与えている。
大倉山は、梅林でも有名で、見ごろの季節には見物客が絶えないという。
その梅林を通りぬけて、坂道を下りた山の端に、大学時代からの友人の奥さんのお墓がある。
先月の三回忌の法事によばれていたのだが、仕事のために出席できなかったので、かわりにお墓参りに行ったのだった。
美大出身の画家で、何事にもひたむきな情熱を感じさせる優しい女性だったが、癌にかかり、二人のお子さんを残して逝ってしまった。
墓参りの後、お寺に寄ると、住職の奥さんが出てきて、ちょうどご近所のお爺さんの葬儀の片付けが終わったばかりということで、いろいろお話ししてくれた。これもなにかの縁だろうとご焼香させていただいたら、昼食に用意した稲荷寿司を分けてくれた。
帰りの東海道線の車中で食べたら、とっても美味しくて、甘酸っぱい味が胸に沁みた。
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