投稿日:2005-07-11 Mon
手術せる喉の疼きや夏木立
湘南の夏の風物詩、平塚の七夕祭りも10日で終わった。毎年この祭りが終わると、いよいよ湘南の夏も本番に入る。
七夕祭りの思い出というと、まず思い浮かぶのは、ちょうど10年前、平塚の共済病院で咽喉の手術を受けたときのことだ。
咽喉に腫瘍ができ、瘤のように膨れてきたので、町の耳鼻咽喉科で診てもらうと、先生の顔色がみるみる変わった。
「とても私の手には負えない。紹介状を書きますから、そちらで診てもらってください」
そして、紹介された平塚の共済病院で、「癌かも知れない」「早く切ったほうがよい」と脅かされ、手術することになった予定日が、ちょうど七夕祭りの最中だった。しかも、湘南俳句会の初めての吟行句会日の翌日だった。
手術前の検査があるので、入院はその前日の朝から、といわれ、困ってしまった。
3カ月前から始まったばかりの湘南俳句会の初めての吟行句会なので、ぜひ出席したかった。
前日は大切な用事があるので、入院は夕方にして欲しい、というとさんざん叱られた。
「大学病院から咽喉癌専門の先生を呼んで執刀するのだから、万全の準備をするためには、朝から入院する必要がある。夕方まで遊び歩いてて体調を崩したら手術できないでしょ」
「でも、先生、もし癌だったら、長期入院することになるし、そうなったら会えなくなってしまうから、いまの内にぜひ会っておきたい人がいるんです」
とウソをついて、入院日を前日の夕方に延ばしてもらったのだった。
吟行句会が終り、病院へ行く途中で見た七夕の風景が妙に美しく心の隅に残っている。普段なら苦手な雑踏も気にならず、まるで異次元の世界を彷徨っているようだった。
神経の集中している咽喉の微妙な部分だから、「失敗したら声が出なくなったり、味が分からなくなったりするかも知れない」といわれていた難しい手術だった。
翌日、なんとか無事に終り、麻酔が切れて目が覚めると、外は日が暮れかかっていた。
病室の窓から見える桜の大樹が夕陽を浴びて輝いていたが、その姿はすでに盛りを過ぎたものの美しさのように感じられた。
自分も、あの夏木立と同じように、確実に滅びへ向かう年齢に達しているのだ、と喉の疼きを感じながら痛切に思った。
△ PAGE UP




