■PROFILE

さがみわん

  • author: さがみわん




  • クリックしてね
    人気blogランキングへ
    みんなのプロフィールSP



    NewNaviビッダーズ支店 驚きの23%のバックマージン!!
  • RSS
  • ■RECENT ENTRIES
    ■CATEGORY
    ■ARCHIVES
    ■RECENT COMMENTS
    ■RECENT TRACKBACKS
    ■LINKS
    スポンサーサイト
    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。


    スポンサー広告 | --:--:--| Trackback(-)| Comments(-)
    大磯の「ふれあい農水産物祭り」と和太鼓演奏
    少年の暴れ太鼓や冬怒涛


    11月は実りの季節、各地で収穫祭が行われているが、大磯でも先日(11月8日)「ふれあい農水産物祭り」が、大磯漁港で開催された。
    これは、町役場の肝煎りで、地元の農業や漁業の振興策として毎年行われているもの。他の地域と異なり、漁協の宣伝も兼ねた地魚の販売があるところが海辺の町らしい特色といえる。
    かなり早めに会場の漁港に着いたのだが、漁協の前はもう買物客の長蛇の列。
    お目当ての新鮮な魚を入手するのは早々とあきらめて、農産物のテントを歩き回り、泥ねぎ、サトイモ、大根、みかんなどを買い漁った。
    みんな100円~300円ぐらいの安さでたっぷり量があり、朝採りの地元産だから新鮮で美味しい。
    ひととおり買物を終えて、無料でもらえる暖かい磯汁に舌鼓を打っていると、ドド~ンと本物の太鼓が鳴り響き、会場の中央でなんと和太鼓の実演が始まった。
    演奏するのは、星槎学園高校和太鼓部「響」のメンバーで、これがなかなか本格的で迫力満点、聴き応えがあった。
    和太鼓なんて、いわゆる祭り囃子ぐらいしか聴く機会がなかったから、その程度の単調なものと思っていたら、とんでもない。大小の太鼓のリズムが複雑に響き合って、バラエティーに富んだメロディーを奏で、30分間の演奏がアッという間に感じられるほど見事な演奏だった。
    身振り手振りのパフォーマンスもダイナミックでちっとも退屈しなかった。解説を聞けば、和太鼓の全国コンクールで入賞したこともあるという。折り紙付きの和太鼓ユニットなのだ。
    星槎学園というのは、不登校などで中退した生徒が学ぶ通信制高校で、本部は北海道の芦別市にあるそうだ。昨年、大磯の「万代こゆるぎの森」に星槎大学という教員養成コースを開設した縁で、農水産物祭りに参加したとのこと。思いがけない耳の保養ができて、なかなか面白かった。
    毎年、この祭りが過ぎるといっぺんに季節がすすみ、大磯も冬枯れの景色になる。
    もうすぐ師走、そろそろ年賀状の準備もしなければ……と思う。

    FC2 Management
    未分類 | 12:00:46| Trackback(0)| Comments(5)
    藤村の墓と変更された左義長の日程
    棒杭を建てし墓石や梅真白


    島崎藤村の墓のある地福寺の梅が満開だというので、見物してきた。
    今年は例年より開花が早かったそうで、もう散り始めていた。
    晩年大磯に住み着いた藤村は、この寺の梅が好きで、
    死んだら、梅の木の下に眠りたいと言っていたという。
    その希望をかなえて、墓地から離れた老梅の下にわざわざお墓をつくったということだ。
    考えようによっては、藤村という人は、死んだ後まで注文の多い
    ずいぶんわがままな人だったわけだが、それも文豪だから許されたのだろう。
    有名人の墓というと、やたらと目だつ派手な設計のものが多いが、
    この藤村の墓はまるで棒杭を立てたみたいにシンプルな造りで、好感がもてる。
    設計した谷口吉郎という人は、きっと藤村の文学をよく理解し、その人柄を表そうとしたのだろう。
    左側に並んでいるのは、静子夫人の墓である。

    藤村は、毎年1月14日に行われていた左義長(どんど焼き)を見物したのがきっかけで
    大磯に転居したといわれている。
    今年はその左義長が1月17日(第3土曜日)に行われたので、見物することができた。
    高さ約15メートルもある数基のサイト(斎灯)が、火入れと同時に勢いよく燃え上がり、
    煌々と浜辺を照らす様子はまさに圧巻。藤村が魅入られたのも頷ける。
    この火で焼いた団子を食べると、風邪をひかないという言い伝えもあるという。
    暮らしに密着した民俗行事だったわけだが、日程を変更した理由は、
    国の重要無形民俗文化財に指定された観光行事として、もっと見物客を集めたいということと、
    平日では準備する人手を集めるのが大変なためということだ。
    しかし、小正月の行事として行われていたからこそ、民俗文化財としての意義があったと思うし、
    観光客のために都合のよいように変更するのは、本末転倒のような気がする。
    いずれにしても、現在のような左義長だったら、
    見物に来たとしても、藤村は大磯に引っ越して来ようとは思わなかったことだろう。
    ●クリックしてね→人気blogランキングへ
    ブログランキング



    未分類 | 11:30:51| Trackback(0)| Comments(13)
    「歴史公園100選」に選定された大磯城山公園
    煮魚の濃き味付けや冬紅葉

    061206_1443~0001
    日本国内の歴史的・文化的価値ある優れた都市公園を選んだものに「日本の歴史公園100選」というのがあり、神奈川県の県立公園としては、恩賜箱根公園と大磯城山公園が選ばれているそうだ。
    ごく最近までそんなことは全然知らなくて、三井財閥本家の別荘跡を整備した、ただだだっ広いだけの公園だと思っていたのだが、ここの土地からは、縄文土器や横穴群、鎌倉古墳などの貴重な文化遺産が発掘されているという。
    また、戦国時代には山城だったこの地にたてこもる長尾景春の家来を、太田道灌が打ち破ったという記録も残されており、三井の別荘になった明治以降の歴史と合わせると、なるほど「日本の歴史公園100選」にふさわしいといえるだろう。
    別邸跡に建てられた展望台からは、富士や箱根はもとより、相模湾の彼方に伊豆や三浦の半島まで一望できる。広大な園内には、茶室や資料館、日本庭園や滝、広場など見所がいっぱいあるが、特にいま頃は、日本庭園の紅葉が美しい。
    紅葉の盛りは12月の初めごろで、ライトアップされ、夜も見物できるという。
    この庭園の池畔に佇んで大きな鯉が泳ぐのを眺めていたら、10年以上前、湘南俳句会の吟行でこの公園を訪れたときのことを思い出した。
    亡くなった木曜子さんもまだお元気で、「ここは吟行するのに最適ですな~」と喜んでいた声が甦ってくる。
    当時の句会の仲間も亡くなったり、辞めたりしてばらばらになり、いまでは3人しか残っていない。公園に歴史があるように、訪れる人間にも歴史がある、とつくづく思う。
    歴史公園の本当の意味は、そんなことを感じさせるところにもあるのだろうと思った。
    ●クリックしてね→人気blogランキングへ
    ブログランキング



    未分類 | 09:20:03| Trackback(0)| Comments(6)
    新湘南俳句会の平塚吟行
    須賀港に散る小稲荷の紅葉かな


    「お酒はぬるめの燗がイ~イ♪」と、八代亜紀の演歌が聞こえてきそうなうらさびれた猟師町。
    それが平塚の須賀港周辺である。
    先日(10月19日)、生まれ変わった新湘南俳句会の記念すべき第一回吟行句会が、この須賀港周辺で行われた。
    相模川の河口に位置し、川と海の水運に恵まれた須賀港。その漁港としての歴史は古く、江戸時代には相模地方一帯の物資の集散基地としても栄えたそうだ。
    東海道・平塚宿の繁栄は、この須賀港があったからといえるだろう。
    メジャーな名所旧跡や派手な観光施設はなかったが、お稲荷さんや冷蔵倉庫など古い港町の暮らしが偲ばれる身近な風物はいっぱいあった。
    まだ鯊釣りの季節で、港内には仲のよい親子連れが釣り糸を垂れていたし、散歩のチワワがその釣果のバケツをのぞきこんでいた。
    港を囲む堤防の上に祀られたお稲荷さんの桜はうっすらと紅葉し、折からの強風にあおられてはらはらと散っていた。
    土手に上れば、眼前には「湘南潮来」と呼ばれる美しい河口風景がひろがり、秋の相模川の景観をじゅうぶん味わうことができた。
    新しい平塚港や港町の古刹・海宝寺も吟行する予定だったが、強風のため残念ながら中止。
    ちょっと早めに句会場の須賀公民館に向かい、午後一時から句会を始めた。

    句会は、意外(?)にも、吟行は初めてという初心者の句に点が集まったり、ベテランの人が不調だったりで盛り上がり、活発な合評が行われた。
    参加者の主な句は次のとおり。吟行の楽しさを満喫した一日だった。

     廃船は廃材を積み秋の風       清     9点
     小港の秋や肩寄せ釣る父子     良子    7点
     沖見つむ舟繋石や鵙の聲       義博    6点
     充電の句を持ち去りぬ秋の風     公子    6点
     君を恋ふ涛より生まる秋かもめ    靖     5点
     須賀港へ散る小稲荷の紅葉かな   迪之相   5点
     つながれし漁船の孤高秋深し     由美    5点
     御神籤の卦は吉と出て天高し    明次    3点
     秋陽中まだ動かざる釣人かな    紀代子   2点
     秋天や港囲むは太公望        利衣    2点
     十月や食らふコロッケ大口に     智恵子   2点
     鯊光り筆進まずや太公望       誠治    2点    

    ●クリックしてね→人気blogランキングへ
    ブログランキング



    未分類 | 00:11:55| Trackback(0)| Comments(6)
    エリザベス・サンダースホームのステパノまつり
    秋陽食む学園祭の子山羊かな

    080913_1243~0001
    大磯駅の正面にある聖ステパノ学園の学園祭が、先日(9月13日)行われた。
    この学園の小学校はエリザベス・サンダースホームの子どもたちを教育するために、1953年に創設されたそうだ。澤田美喜さんがホームを創設したのが1948年で、その頃の幼児がちょうど学齢期に達しており、義務教育を受ける必要があったわけだ。
    それにしても、すぐ目の前に町立の小学校があるのに、わざわざホーム内に専用の学校までつくらなくても……と思うのは、当時の社会情勢を知らないから。昭和20年代の一般の人々のホームの子どもたちに対する偏見は相当強く、教育的配慮など望むべくもなかったそうだ。
    正門の横にある礼拝堂をのぞくと、創立当時の子どもたちの写真が展示されていた。黒人の子も白人の子も、みんな屈託のない笑顔で机を並べているが、実際は大変な苦労をしていたのだ。
    閉ざされた学園の優しい大人たちに守られて成長したこの子たちは、いまは何処で何をしているのだろうと思った。
    現在の学園は、小・中学校があり、一般の生徒も通学しているという。
    学校の由来がユニークなら、その校舎も風変わり。趣ある別荘風の木造平屋建てで、山の斜面に向かって6つの教室が並んでいる。しかも、各教室の手前にはそれぞれ前庭が付いていて、自由に出入りできるようになっている。
    080913_1247~0001
    教室前の小高い山の上には同じ学園の中学校と海の見えるホールがあり、まるで「崖の上のポニョ」の宮崎駿監督のアニメの中にでも出てきそうな小学校なのだ。
    その教室の前庭のひとつで、子山羊を飼っていた。学園祭の呼び物に牧場から借りてきたらしいが、まるで普段からそこで飼われているみたいに自然で落ち着いた風景だった。
    生徒たちが切り盛りするテントの模擬店が出ていて、100円のカレーライスと焼鳥、お団子などを食べて腹いっぱいになった。
    こういう学園で育った子どもは、こころの飢えを感じることも少ないだろうなどと、いろいろ考えながら帰ってきた。
    ●クリックしてね→人気blogランキングへ
    ブログランキング


    未分類 | 18:13:35| Trackback(0)| Comments(6)
    次のページ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。